キャリアも子育ても。地元・長野だからできた両立の形

女性活躍支援や起業・創業支援などに関する事業に携わっている塩入美雪さん。現在は、平日はフリーランスとして活動し、週末は家業である長野市内のレストランで働きながら、4歳の長男を育てる母でもあります。
塩入さんが進学、就職から現在に至るまで、地元・長野市を離れずに生きる選択をしたその理由を聞きました。
将来の暮らしを見据え、自分で選んできたキャリア
長野県短期大学の栄養学科を卒業後、20代のころは医療機器専門商社、IT企業、製薬会社と、さまざまな業界で営業職としてキャリアを積んできました。業界は違えど、一貫して「人と向き合う仕事」に携わってきた経験が、現在の仕事にもつながっています。
「きっちり計画するタイプではないのですが、業界や給与水準などを調べて選択肢をざっくり並べ、その時点で自分にとって一番納得できる道を選んできました。実際にやってみて『違うな』と思えば、そこで修正していく。そうやって意思決定を重ねてきました」
結婚・出産を経て、今後の働き方を考える中で、塩入さんは子育てと並行してMBA取得に向けて大学院へ進学。仕事、家庭、学業を同時に進める日々は決して楽ではありませんでしたが、将来のキャリアを見据えた上での選択でした。
「今後どんな働き方をするにしても、専門性や理論的な裏付けは必要だと感じていました。忙しさはありましたが、長野にいて家族のサポートがあったからこそ挑戦できたと思います」
大学院卒業と同年に株式会社SALTを設立し、フリーランスとして本格的に活動を開始。現在は女性活躍支援や起業・創業支援に関わる仕事をメインに行っています。大学院での学び直しの経験は、事業設計や相談業務など、日々の仕事にも生かされています。

息子と共に大学院の卒業式に出席しました
地元・長野で広がった選択肢と、今の働き方
「高校生のころは東京に憧れる気持ちもありましたが、将来的に仕事と子育てを両立して生きていきたいと考えていました。両親のサポートを得やすい環境を、自分で選ぼうと思い、進学も就職も地元・長野を選びました」
塩入さんの両親は、長野市内で祖父の代から続くレストランを経営しています。両親が「そろそろやめようかな」と口にしたことをきっかけに、「手伝うから続けよう」と背中を押し、2019年に家業の三代目として関わるようになりました。
現在は、子育てのサポートを受けるだけでなく、両親の仕事の相談に乗ったり、意見が食い違った際の調整役を担ったりと、家族の中での役割も果たしています。子どもが体調を崩した際の対応や、数日間の出張時の預かりなど、日常の中で支え合える関係があることが、仕事を続ける上での大きな支えになっています。
長野で暮らし、家族と共にいる中で、自分が望む生き方・働き方をどう実現するかを考え続けてきました。

塩入さん(左)が三代目を務めるレストランで、両親と共に
「どんな人生を選ぶかは自分次第。環境のせいにするのではなく、その中で何ができるかを考えてきました」
仕事も家庭も、一方を諦めるのではなく、都度組み立て直す。
ブレない自分軸を持つことで最善の選択肢を選ぶことができる――塩入さんの生き方から、そんなことを考えさせられました。









