ライフデザインコラム

コツコツと積み上げていく「自由であるための挑戦」

ちくまミライ合同会社 北村たづるさん

長野県千曲市。賑わいを失いかけていた駅前の商店街に、新たな風を吹き込んでいる女性がいます。ちくまミライ合同会社「幸おかみ」の北村たづるさんは、お菓子の製造・販売会社から経営者として歩み始め、現在はテナントビル全体の商業活用に携わり、さらには日本の伝統文化を世界へ発信する活動まで、多岐にわたる分野で活躍されています。彼女のこれまでの歩みを、地方で「自分らしいキャリア」を築こうとする多くの女性たちへ向けて、明るい未来の形として紹介していきます。

 

「製造」から「街の賑わい」を作るステージへ
北村さんの現在の活動の拠点となっているのは、しなの鉄道・日本貨物鉄道しなの鉄道線の屋代駅前にある「萬屋ビルヂング」。元々は会社員として勤めていた北村さん。その後独立し、長野市川中島町でお菓子の製造販売を営んでいました。 そうして事業開始から7年目を迎えた頃、市役所や商工会議所から、駅前の空き店舗を活用する街づくり事業への参画を打診されます。これがきっかけとなり、現在は地域の街づくりに日々奮闘されています。
当時を振り返り、「製造だけじゃなくて、やっぱりお客さんと対面でお話ししたりする場所が、賑わいを生んでいくと思った」とその決断の理由を語ります。
県の助成金を活用して厨房を整え、単なる店舗移転に留まらず、イベント開催や女性起業家の育成という「二段構え」で、駅前の活性化に乗り出したのです。彼女が移り住んだ9年前には空き店舗が目立っていた商店街も、今ではほぼ空きテナントが埋まるほど賑わいを取り戻しています。

 

時代のニーズを掴んで形にする力
北村さんのキャリアの特筆すべき点は、変化を恐れず、ロジカルに事業を展開する姿勢。コロナ禍という逆風を機に、彼女は国の補助金制度を活用し、さらにはビルの3階をサウナ付きのサテライトオフィスへと改装しました。
このサテライトオフィスは、現状では東京の企業を中心に全室が埋まるほどの人気だとか。あらゆることに挑戦していて、たくさんの事業をまわしていくのに日々忙しく動き回っているとイメージしていましたが、実際にはかなり効率的に事業をまわしているそうです。
「仕組みさえ作ってしまえば少人数で動ける。携帯1個あれば動けるような仕組みに今はなっています。」

 

母として、一人の女性として —— 「楽しむ姿」を見せる教育
キャリア形成と並行して、北村さんには母親としての一面も。彼女の育児方針は、一貫して「自立」と「信頼」に基づいています。
「お母さんが我慢しちゃうと、子供も全部わかっているので、遠慮しちゃったりブレーキをかけちゃうと思う。」
そう語る北村さんは、母親が自分の好きなことに向かってワクワクしながら取り組む姿を見せることが、子供にとっても最良の影響を与えると信じているそうです。実際に、大人になったお子さんからは「お母さんは好きなことをやればいい」と彼女の背中を押してもらっていて、前向きに進む一押しになっています。
また、彼女の運営するスペースには、30代から40代の「何かを始めたい」と願う女性たちが多く集まります。「無いなら作ろうって言って、何人かでグループを組み、何かを始めたりする人たちもすごく多い」という彼女の言葉からは、北村さんの背中を見て、地域に新たな挑戦の連鎖が生まれていることが伺えます。

 

地域から世界へ。着物文化がつなぐ新たな夢
北村さんの情熱は、千曲市に留まりません。現在は、受け継がれてきた着物をリメイクし、その魅力を世界へ伝える活動にも注力しています。最近ではドバイを訪れ、ジャパンカルチャーイベントのモデルとしてステージに立ち、日本の文化が世界で高く評価されていることを肌で感じてきました。

「地方にいるからといって、世界と繋がれないわけではない。」
北村さんは、体験することで自分の世界を広げることの大切さを説きます。
「日本人はもっと誇りを持っていい。自分がワクワクすることを見つけて、失敗を恐れずにやってみてほしい。」

 

コツコツとした積み重ねが、今の「自由」を作る
北村さんは、自身の歩みを「地道なコツコツとした積み重ね」だと振り返ります。30代、40代と子育てをしながら積み上げてきた経験が、50代になった今の、自由で軽やかに挑戦できる環境を作っていると感じるようで、「やりたいことをやり続けた結果、またもう一つステップアップできそうなところに辿りつけてきた気がします」
北村さんの生き方は、これからも多くの人々を巻き込み、地域と女性たちの明るい道標となっていきそうです。